甘戯◆02
◆啐啄◆
身寄りの無い小さな子が店の前で倒れていたので育てることになった。
容姿端麗で賢い娘であるが、この乱世を生き抜くには優しすぎる。どうしたらこの子に自己防衛の意識をつけられるだろうか。
そう思っていたところに知り合いのおてんば娘が奉公にやって来た。こちらも容姿端麗な上、忍雅衆の才能を見込まれている。しかし武芸に疎く、仕込む為にという目的だった。
私はこれ好機と考えたのだった。
◆
朝起きたら屋敷をピカピカに磨き上げ、
朝食ができるまで素読に算盤、習字。
朝食後は三味線、琴の稽古。
休息におやつをとったら舞の稽古。
夕食前に剣道か柔道を習い、
汗を流して夕食にありつく。
月に2.3度は夜の稽古もある。
夜の稽古があった次の日は、昼まで休めた。
基本的に女性らしさを学びにきているのだが、戦闘技術も疎かにできず、忙しい毎日を過ごしていた。これだけなら問題なく過ごせたはずだが、どうもここの肝煎りの旦那は癖があってかなわん。
答えを、問うなっ!
そう言って肝煎りの旦那は私の頬を何度か打った。なんの答えを問うたかと言えば、何故私を叩くのかと問うたのだ。
何人もいる子の内、私にだけ当たりが強いのだ。はじめは精神を試されているのかなと思ったがどうも性根の曲がった事ばかりしてくる。
至極真っ当な疑問であり、その答えを知る権利が私にはある。
あ、あの…弥五兵衛さん、
近くで怯えているのは肝煎りの旦那が拾った娘である。この時間に稽古部屋にいるのは私だけ。肝煎りの旦那と娘は夕食の準備が整った事を伝えにきてくれたはずだった。
藤は下がっていなさい。
でも…
下がりなさい。
ッ!…こんのあんぽんたん!!私のなにが気に食わないってんだ!1ヶ月も意味不明に叩きつけやがって!理由があるなら直接言ってみやがれ!
…。
んだよ、何にも言えねーのか?
愚かな。
調子に…乗んなよ!
しまいには肝煎りの旦那に殴りかかっていた。
やめて!!
藤は私と肝煎りの旦那の間に割って入り、悲しそうな目で制止している。
やめて。甘戯。
フジ…。お前は何にも思わないのかよ。旦那が理由も無しに叩くわけが無い。でもその理由を言うつもりもない。だよな?行き場のない憤りは本人に直接向けるっ!お前はすっこんでろ!
いけません!あなたは何を学ぶ為にこちらにきたのですか!?一度冷静に考えてください!
考えただろ!?お前にも相談した!それでも分からないから聞いてみたら、さらに強く叩かれたぞ!なんなんだ!先生様なら先生様らしく説いてみろってんだよ!
答えをすぐに伝えてもあなたの為にはならないわ。弥五兵衛さんに意図があると思ってるならその意図を考え続けたらいいじゃない!
1ヶ月しただろうが!お前も知ってるだろ!!
考え続けるのよ!
やり返しちゃいけないってのか!?
そうよ!
無理だ!どけっ!!
きゃっ!…んー、もお!分からずやぁ!!!
な!?やめろ!髪を掴むなっ!!
あなたがやめないからよ!
だって私わるくないだろ!
おしとやかじゃないもの!
今のお前もだろ!
肝煎りを忘れ、藤と取っ組み合いの喧嘩になっていた。肝煎りはその様子を少し眺めてから去っていった。
あの…弥五兵衛さん。
はい?
止めなくて良いのですか?
…はい(ニコリ
傍にいた女将と肝煎りの会話は耳に入らなかった。
◆
ある日、肝煎りの旦那がいつもの様に理不尽を行おうとして来たのでガードしてやった。今までは不意をつかれて避けれなかったが、来るとわかれば避けられる。実は意味があると思って受け続けていたが、堪忍袋の尾が切れたので避けることにしたのだ。
戦いに心得のない肝煎りの残念そうな背中に心の中で罵倒を浴びせた。
しかし、穏やかな日は数日しか保たれなかった。肝煎りは私が考え付かない様なやり方でまたも理不尽を行い始めたのだ。
やり口がどうも忍びのそれらしい。どこかのお節介な忍にアドバイスでももらっているのだろう。
その後も肝煎りの嫌がらせは続いた。
理不尽に食ってかかる私の目の前には必ず藤が現れ盾となり庇った。
自分より弱い者との関わり方に不慣れな私はそんな藤にも悩まされた。
いつしか藤は口喧嘩を覚え、私も手加減をしながらやり合うことを覚えた。掴み合いの取っ組み合いを繰り返し、ついには高度な喧嘩をするようになっていた。
おはようございます。肝煎りぃー!
元気に挨拶をしながら肝煎りの背後をとる。
こらぁー!
振り上げた手は届く手前で藤にはたかれてしまった。
フジっ!邪魔するな!
弥五兵衛さんに乱暴するのはやめなさい!
肝煎りが仕掛けてくるからだろぉ!?
あなたが未熟だからでしょっ!
だからって理不尽にする必要はないはずだっ!
理不尽ではないわ!意図があるはずよ!
じゃあ聞くが、お前はその意図を理解してんの?
ぐっ!
お前だって分からないじゃないかー!
グワーンッ!
突然大きな音が鳴ったかと思えば頭に鈍い痛みが走り、目の前がグワングワンとまわっている。肝煎りが大鍋か何かで叩いたらしいと思い至る頃には意識を手放していた。
甘戯ぃ!?甘戯大丈夫?たいへーん!!!
おや。やり過ぎましたね。
◆
藤。
あ、女将さん。
遅くに何を作ってるんだい?
あ…、甘戯の…。
あぁ、あの子昼から何も食べていないものねぇ。
はい…。
様子を見にいくところだから、あたしが持ってってあげるよ。
え?
都合が悪いのかい?
あ…いえ。お願いします。
◆
スッ…。
グッグッグッ
ん、はぁ、はぁっ
女将さん。
藤が甘戯に夜食を作っていたから預かってきたよ。
あ、ん…、藤が?
今でこそお前に似てきたが、元はおしとやかな優しい娘だからねぇ。
はぁ!んぁっ、んん、
調子は?
だいぶ慣れてきたようです。
そう。
あ!んっ、…はぁ〜疲れた。
まだ終わってねーよ。
だって!藤のご飯が!
終わってからにしろ。
えー!
お前ね…。これも修行の一環だろうが。余裕が無けりゃ取れる情報も取れねーんだぞ?
んん、でもあったかいうちに食べたいもん。
じゃあ早く俺を満足させてみろ。
分かった!
ったく。色気の無ぇこと…。
◆
フジ…?
ん、なぁに?
おはよ。
おはよう。
あの、さ。昨日、夜食食べたよ。
あらそう。体調はもういいの?
うん…美味しかった。ありがとう。
どういたしまして。これに懲りたら弥五兵衛さんにちょっかい出さないことね。
私が出されてる方なのに。
…ねぇ、なんでだと思う?
へ?
弥五兵衛さんは本当に素晴らしい方だってみんなに尊敬されてる。私だって尊敬してる。…だけど、あなたにだけは…酷いことして…。
へ?
え?
え、フジ気付いてなかったのか?
…何を?
えぇ……、
◆
たぁっ!
ほーれ。
うりゃっ!!
わーぉ。
んもー!!真面目にやり返しなさいよ!
いや、だってホラ。私が本気出したらお前筋肉痛になっちゃうだろ?女の子は筋肉痛になんてならないのよとか言ってたじゃないか。
…でも、あなたと喧嘩するようになってから家事がスイスイ出来るようになったんだもの。
そりゃー筋肉がついて動きも素早くなったからだろー。
…それに、この間お使いに出た時…
『おい。その荷物置いていきな!
さ、山賊です!
逃げましょう。
皆様は先に!私が後ろを守ります。
そんな!藤も一緒に!
おらおらー!!荷物置いてけってー!!
ドカーン!バゴーン!
ふ、藤?
わ、私ったら…
す、すごいです!甘戯さんとの修行の成果ですね!!
いえ、あれは修行ではなく…
藤さん。助かりました。ありがとうございます。』
なんてことが…。
あっはははは!!!凄いな!大人しかったフジはどこに行ったんだ?
あなたのせいでしょ!!
肝煎りのせいだろ?
違うってばー!!
◆
1年間、お世話になりました。
はい。よくやりきりましたね。誇りにし、更なる精進を続けてください。また何かあれば訪ねてきてくださいね。
ふふ、その時は引っ叩かないでくださいね。
…甘戯。
スッ 甘戯の前で膝をつき、甘戯の右手を両手で包む弥五兵衛
え!?
あなたには本当に感謝しています。数々の仕打ち、申し訳あり
弥五兵衛さん。
(甘戯も膝をついて弥五兵衛の目線に合わせ、手を両手で包む。
良き友を紹介してくださり、ありがとうございます。フジは様々な女性らしさを私に教えてくれました。そのお返しに、護身術くらい教えさせてください。
…なんと。バレていましたか。
ふふ。見習いでも一応忍ですから。
今度は、(立ち上がりながら
お仕事も依頼させていただきますね。
はい。その時はフジも誘って共に強くなりましょう。
勝手なことばかり言って!
フジ。
今度戻ってくる時は美味しいお菓子持ってこないと上げてあげないんだから!
おいおい、泣くなよ。
泣いてなーーーい!!
ははは!
もーー!!